チリ産ではあるにせよ冷蔵庫の中に一本のピノ・ノワールが冷えてるというのは、この絶望的な一日の中で唯一の救いだった。この際どこ産でもいいし、ピノ・ノワールですらなくてもいい。アルコールを含んだ冷たい何かは、何にせよこの絶望的な一日を癒やしただろう。一日中、温い雨が降っていた。これまで電車に乗るような生活をしてこなかったので、公共の交通機関というもので移動することがたまらなくきつい。社会人になろうとしてなれなかった僕は、この人生が果てしなく長いようにも思えるし、もう全てが終わったような気もしている。とある企業に連絡をとる必要があって電車の中で一本メールをした。その企業には僕の友人がいるが、部署やらグループやらはおそらく関係がないところ。しかしどうしても彼のことが浮かんだ。メールを送って電車を降りようとドアに向かうと、友人の名前がカタカナで書かれた名札シールのようなものが雨で濡れた床にへばり付いていた。小学生が傘やカバンに付けるために書いた自分の名前シールが剥がれたような雰囲気があった。突然の彼の現前化に、笑うしかなかった。そんなことあるかよ、と笑うと同時に言葉として発していたかもしれない。降りた電車に乗り込もうとする女性が、ニヤついている自分を見て、不気味そうに微笑んでいた。ブルーベリージャムが切れたので、帰りにいちごジャムを買った。ピノ・ノワールは無事に冷えていた。明日は食パンにバターといちごジャムを塗って食べようと思う。
ピノ・ノワールは冷えている
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ピノ・ノワールは冷えている